2013年12月26日

笑た〜

よっしゃついにルネサンスじゃー!と意気込んで、
バロックまでの資料作って、よーし!と大学へ。

講師控室のタイムカード押そうとしたら、あら
1月のンにかわっとるでないで・・・

・・・前週で今年の講義はおわっとったわけやね。



一週分儲けたな。
でもあと三回でおわってまうん?さみしいな。
終わり方まとめ方を考えなな。

大学の講師ははじめて。「インテリア工芸史」
自分の再勉強(再ちゃうわ、初じゃ初!)と
いうつもりで取り組んどるけど、なんか彼らに
残らんとあかんよな。歴史は一本の線でないし
ひとつの必然で流れてきたわけじゃないし、
いろんな必然偶然がいろんなものを生んできたし
積み重なって爆破的につながった歴史的瞬間に
我々今生きてて、それでもこれから過ごす時間も
必然であり偶然やし選択可能なんじょ?てな
ことをおぼろげにでもなんか感じてくれたらな。
と。あ、これは自分の感想やな。



posted by uch at 16:57| Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月25日

その2

「藍工房のある家」

これはいつだったんかなあ。

徳島もんて、かなり早い時期だったような。
それは外観だけやったかな。中身は、あ、
シルバースカイハウスのときに一緒に見せて
いただいたんかなたしか。

なんというか、もう
「卒業してしまってるじゃないですか」とか
この上何するんですか建築で?みたいな。

完成度というか、完成度は違うな、こんなに
建築に「注いで」しまって、もうすることない
ンとちゃうんですか、とか、この建築のもつ
気配、情感、ひっかかり、しっとり、でいて
乾いていて、土の匂いがする。

素材の力を引き出して、平行でない壁が過去と
未来を同時に感じさせて、この家のあそこの
あの感じとか、この間合い、とか、参考にした
のがいくつかあるな考えてみたら。うっとこの。
秘密ですが。

訪れたことのある同業者の多くが
「トミヤンといえば」と、挙げるであろう建築。


藍染作家である奥さんとの交流は晩年まで
つづいていました。


晩年て。あまりにも若すぎて、似合わない
言葉やな。

見せていただいた日のブログを発見しました。
こちらから。



posted by uch at 23:44| Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月24日

数えてみて

びっくりしたけど、1991年やから22年も前かー。

その存在は、当時勤めていた事務所の所長から
ちらちら聞いてはいた。「語るけんなあトミヤンは」
とかなんとか・・・「『くんだら』いうけんなあ」
やったかな。建築の話しだしたらとまらんのは既に
当時からだったわけで。

で、鹿児島に修行に出る直前の年末に、今年正月に
亡くなった関さんに連れられて竣工間近の
「木煉瓦の土間の家」にお邪魔して初めて
会ったンよな。

なんとあっけらかんとした家やなあと思ったなあ。
車庫のガラスの納まりとか木煉瓦、丸太のスツール、
腰に有孔合板張った引戸、居間の空中を横切る木造
ブリッジ、そのバッテン手スリが目にやきついとる。
どんな会話したか覚えてないけど、長男連れとったん
かなたしか、あやしてくれたような・・・。

当時トミヤン43歳かあ。

さて、
「実際に見せていただいたトミヤン建築を振り返る」
シリーズ、はじまります〜

この「その1」は、その後の6年3ヶ月におよぶ鹿児島
修行時代前。超濃厚な建築漬けの月日でそれ以前の記憶が
だいぶ薄まってしもたんよな。最初に会ったときの顔が
おもいうかばんのよな、残念。


posted by uch at 12:32| Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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