2015年04月12日

演歌が

好きな自分と、新しい建築を追い求める自分。
の、どうしようもない齟齬に3.11によって
対面せざるを得なくなったという本を読んで。

近代以前の日本の、村ごとの暮らし、風景、
人と人のつながり、建築とか色々全部。

を、日本的でない仕組みに作り変えることが
国としての命題の様に思い込んでやってきた
この数十年百数十年年を、それぞれに見直す
ほんまにええ機会ではないかと。

例えば学校の先生は、地域にあった大人から
こどもへのいろんな作法の伝授や、言葉は
適当でないと思うけど「教育」を、いっぺんに
多くの子供を効率的に育てるために学年という
枠で切り取った。個々の能力に関係なく、年齢
という枠に閉じ込めてしまった。

こどもによって成長のスピードも違うし、それ
ぞれに特色があってその特色をのばすことで
社会の一員として魅力的な人になるかもしれ
ないのに。そういうあるいみゆるいしくみで
あっただろうに。

効率重視でがちがちになったそのしくみを、
学校任せになってしまって家では子育てが
放棄されてしまっているかもしれない状況を、
その、学校と家庭の間の大きな乖離を、縮めて
いくことが例えば必要なんちゃうかな。
家に教育を取り戻して、学校はいえや地域に
戻っていくというか。

日々の現場はごっつい大変なんだと思うけど、
大きな改革にとりくまなあかんのだろな。

すべての職種がおんなじことなんだろな。

コンセプトを研ぎ澄ますことの前に、現実
を知ってどのように建築が建っていくかを
覚えることが大事なはず、つまり実務の訓練
こそ全ての設計者がまずはするべきなのに、
頭でっかちなことになりすぎていないかとも。

幸い地方で設計する我々はそうなりにくい。
んかな。そんな気がする。て、大学でまともに
勉強してないやつのいう事ではないけど。
逆に地方では、現実がものすごく大きな力で、
「建築の夢」を押し流そうともするけど。

緊急住宅試行や先行高地移転などこのところ
みんなで取組んでいる仕事には、いわゆる
「デザイン」が入り込む隙間がないような。

「構造と装飾の境界が見えない」というのは
師高崎正治のJIA新人賞受賞時の評の中で読んだ
ものやけど、最高に的確な表現だと思うな。

与条件と要望と、そこに建つべき建築と格闘
を続けた末に、自分と現実の間に「問い」と
「答え」が同時にゆっくりと立ち上がってくる。
これは長谷川豪さんの言葉。しびれるなー。
(どっちも言葉遣いはうろ覚え)

専門職、専門性という言葉があるけど、その
専門、というのは、言葉がよくないかも。

今島津君が、佐那河内村にすまいと事務所を
構えて活動を始めようとしている。普段は家の
まわりで田んぼや畑もしながら、しごとは実は
建築設計なんです。という。かな?(笑

建築の職人さんたちは、田んぼが忙しい時は
仕事に来れなかったりする人が多い。でもまた
建築業界はそんな皆さんで成り立っとんよな。

極端なことを言っているわけではなくて、まず
人としてのくらしがあって、建築も考える、
という、大きな視界をもっとかなあかんなと、
自分については思ったわけです。

で、そういった、3.11以降の決意は人に
よってそれぞれ違うにしても、方向としては、
振り返り、というか、そもそも今これでええん?
と考えることやなあ。

今、自分を含めてやっている仕事って、固まった
ものでなくて、変わり続けている最中で、どう、
いい方向に行くかを考えながらせんなんのやなと。

つらつら考える日曜日やな。

IMG_4306.jpg
読んだのはこれです。

建築家の本って、難解で(そこがまず・・)
たいくつやけど、この本は建築関係なくても
どんな仕事しよる人でも自分に照らして考え
させてくれると思います。

あ、でも建築設計者やから、伊東さんが考えて
おられることがわかるんだろか。

本読まなくても、5/16は万代町へ(笑



posted by uch at 08:54| Comment(4) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする