2008年09月10日

経緯を

説明しようと今までの流れをメモしていたら、初現調から
もう二年半たってました。

当時のメモには
2006年「ゆったり」
2007年「そろそろ」
2008年中盤から「本気モード」・・・

となってますが、昨今の建設物価の高騰や、あるかもしれない
税率アップを考えると一刻も早くということで、本気モードが
半年早まっている感じ。





初参加の総代会。

「ほうりゃ寄付の話にやなったら普通は怒号がとぶでよ」
「けんかごっしゃけん金の話になったら」

と、終わってから施工相談役Nさんに聞いたけど、
この日の皆さんは物腰柔らか、

「ほなみんなでなんとかしよかあ」いう感じです。



Nさん言うように、檀家はんと当代、名誉住職も含めてみなが
よう分かり合うとんじゃ。寺の考えを理解しとんよ。
ということですね。

「普段の暮らしぶりや言動によっては??」と考えると、
このお寺の人たちの「きれさ」に改めて感心します。




違和感から却下になったようですが
「キフヒャクマンデインコジモレナクツイテクル?」
には『ほほー』思いました。

もしそれを望んで高額寄付をする方がいらっしゃるとして、
現世とあの世とで、「いつの誰のために何故そうしたいのか」
考えると、果てしなく悩ましいなあ。




「ほなけんどな、みんないずれ世話になるんじゃけん
気持ちように出してくれるわよ」

という、現実と諦観と来世、家族、そういずれ死ぬことを
踏まえた、今この瞬間この場にいる人同士の会話は、

「生きているしあわせ」というようなさわやかさも感じて
「ああ日本のお寺での会話やなこれが」とうれしかったです。




総代に推されて引き受ける人というのも、お寺の一部で
ある意味聖職者なんやな。そのときそのときの
「パートナー」。


posted by uch at 06:44| ☁| Comment(4) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「キフヒャクマンデインコジモレナクツイテクル?」
は、ぼくの立場としたら、あとで付けてあげたらいいわけで、ただそのコピーで寄付を集めることはしたくないわけです。
知らずに「インコジ」もらうために「ヒャクマン」持って来る人がいたら、それを受け取ることは、いわばとても「ずるい」行為ですから。
Posted by 祐信 at 2008年09月10日 09:44
諸々の値段が高騰一途、下がる期待が持てない折、"欲しいと思った時が買い時"であり、"やりたいことがあったらやり時"と激しく思う今日この頃…。

今やれる資金さえあるならば、正に今がやり時かも知れないです。
Posted by 馬車猫 at 2008年09月10日 21:11
了解です。
もちろんそうなんですが
「インコジ」つけたいというメンタリティが
なかなかワカイモンには遠くて、時空を超えた
話だなあと思ったのでした。

資金ができた頃にはすでに覚めとることもある
訳で、欲望とそれが達成できることの関係は
深いです。徐々に達成できていっているとき
には、スポーツ選手でも何でも実感してない
みたいですし。

ほんで、軍資金無かってもやりたかったら
やるでえ。

えーと何の話やたっけ?(笑




Posted by uch at 2008年09月10日 21:25
お寺の方から先に檀家にケンカ売ってるような寄付集めの話を最近聞きました。
きっと、そこでは
「ほうりゃ寄付の話にやなったら普通は怒号がとぶでよ」
「けんかごっしゃけん金の話になったら」
というような経験を経て、不幸な関係ができてしまっているんでしょうね。
でなければ、お寺としてはあんまりな。
あ、徳島のお寺ではないです。
Posted by 文庫あるじ at 2008年09月10日 22:15
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