まずやはり
いわゆるここやな。
転校もあったけど、どこの学校でも、各学年でのここは
なんとなく覚えとうような気がする。
蛇口からがぶがぶ錆くさい水飲みながらあっちのほう
見たりとか。そんなに冷たくないんやなこれが。
ああ。
藻でいっぱいの中、緋鯉が泳いどったんはどこの学校
やったっけ。
線引く当番のときは早めに着替えていかなあかんかったような。
こういう部屋のにおい覚えとうなあ。床は部分的に石灰で
かたまっとったりして。
今使わんのだろけどなあ。
ゴミほりこむ男の先生かっこよかったよなあ。
おまけ。
わいの行った学校にはこれは無かった。
というかだいぶ最近よな小学校でこれがはやりだしたの。
もひとつおまけ
彼女らが似合う学校でないとあかんよなあ。
なんかええわあ。
とりあえず、今のところ「佐那河内小と私をつなぐもの」
でした。
単なるノスタルジーやけど、卒業したらノスタルジー
以外何があるだろ母校とその後の人生の関係に。
【関連する記事】
でも結構転校した身としては(県内だけど)、共感する部分が多々あり。
講堂(体育館じゃなくて)の匂いや、あぜ道の風景、田んぼに落ちる雨粒の音…。思い起こせば記憶に刷り込まれていますね。
設計者として考える前に自分にとって
なんだったっけ?と思いよったらな。
かといってそれが今何の役に立っているかというと(それ以外を余り覚えていない時点で)…涙
都合良く忘れてしまったんでしょうか俺…