2007年11月21日

ディラン

マッケイで売れたなだぎ武。が、


なんのキャラか、たなびくマフラーを首に巻いた姿をたまに
TVで見る。マフラーがたなびいた形のままカチーンと固まっている。


かつての仮面ライダーなど、「あーかいーマフラー」とか歌には
あっても、劇中はだらっと胸にたれていて、「漫画のライダーとは
ちがうなあ」と、現実のマフラーの所作にがっかりしながらテレビ
見ていたのを思いだす。


観光バスの窓が平行四辺形だったり、アメ車には羽が生えて
いたりと、かつてのクルマは「スピード感」を稚拙に表していた。
今は、空力学的に有効な形が先行した中でのデザイン。


矩形や直線の集まりの中になんとか有機感を生み出して、高揚感ややすらぎを得ようとしていたかつての建築。技術的に、直接的に有機的な形態(直訳というか、通訳の不要なダイレクトに有機的なかたち)が簡単に出来るようになって、住み手の想像力が不必要になってきた最近のある種の建築。


人間のイマジネーションを不要にするモノ・・・


藤崎マーケットの笑いは、いろんなジャンルの要素の複合ワザ。
芸術的やなあ。今はここまで完璧にしないと「笑えない」時代か。
彼らは好きやけど(笑






posted by uch at 08:42| ☀| Comment(4) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
個人的見解ですが、空間はお金で買うものだと思っています。

たとえばアメ車の羽根、"そんな無駄なモノ"を付けるヒマがあれば、車検規格ギリギリのサイズな直方体にした方が、より低コストで多くの車内空間を得られるという真逆の発想が典型的な日本人ならではであり、正に現代の日本の需要と供給です。

住居もきっと然り。
庭や窓、塀に醸し出せる風情、風流よりも有効な空間の確保という概念がエスカレートしてマンションになったのではないかと…。

もっとも、不景気人口増加など、無視出来ない背景があったにせよ、ですが、旧車や各国ならではの色が一様に右へ倣え(与えられた空間いっぱいいっぱいの直方体)になってしまうのは、いささか悲しいものであります。

想像力は不要とされているのかとは、思いたくないですね…

すみません、呑んでのコメントですm(_ _)m
Posted by 馬車猫 at 2007年11月22日 21:18
反応してくれてありがとうございます。
想像力の余地のあるものつくらないと
窒息してしまいそうですね。
Posted by uch at 2007年11月22日 22:26
日々の生活の中で、「無駄」というものが
いかに大切なものかを痛感することがあります。

「遊び」が文化の源だと実感することもしばしば・・・。
Posted by センターおやじ at 2007年11月22日 23:00
なだぎ武,仮面ライダー,アメ車,藤崎マーケット。
このブログも,複合ワザやなあ・・・。
内野建築の原点でしょうか。
Posted by あまのジャック at 2007年11月24日 07:28
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