2007年11月30日

解体の始まった

小松島の現場のまわり。

あきらかにもとはなんかの店だったようなつくりの家が、住宅に
なっているのが何軒か。「洋服さんだったんですよ」とかいろいろ。

帰りの道すがら、小学生の頃チェーンキー買いに行った
おぼえのある自転車やさんが、これまた店舗部分が住宅に
リフォームされているのを発見。

その当時、働き盛りだったおっちゃん、廃業したわけですね。
そら35年も前やけん当時40過ぎとしてももう80前かー。


以前母校津田小前の道を歩く機会があって、毎日通ってよく
文房具買った文房具屋さん、もうほとんど商品はなくて、パイプ
椅子とストーブで、おっちゃんおばちゃんがくつろいでました。


そういうのが目に付くということは、世代交代を見届けるくらい
自分がながいこと生きているということで、なつかしくもあり
はかなくもあり、いろいろな思いが交錯します。

商圏とか、行動範囲とか、スピードとか、余りに早くコロコロ
変わりすぎ。な気もする。


「続く」というのはそれだけですごいことですなあ。



posted by uch at 13:54| ☁| Comment(4) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あれ、写真がないな。
でも セピア色の風景が目に浮かんできますよ。
Posted by kamui at 2007年11月30日 17:21
田舎に帰ると"変わらないなぁ"なんて思う場所が多いのは、きっと時の流れが遅かったり人の繋がりが多かったりするからでしょうが、都会に行けば行くほどいろんな物事が短時間でめまぐるしく変わり続けてますよね。

流れについて行けなくなったらロートルなのか?という強迫観念めいたものさえ感じます。
そんな中で変わらず続けられる、または変わりながら続けられるのは、どちらにしても凄いことですよね。

そんな俺は堪え性が皆目ございませんがorz
Posted by 馬車猫 at 2007年11月30日 18:20
小松島には,そういう光景がいっぱい・・・。
新しくなった日赤の回り(うちの近所)に大きな店がたくさんできてるけど,なんか,小さなお店も,商店街も,大きな工場もなくなってきて,寂しさを感じます。
Posted by あまのジャック at 2007年12月01日 11:11
それぞれの記憶の中でいろんなシーンが
生きているわけよね。

当然ですがそれは一人ひとり違う。
Posted by uch at 2007年12月01日 23:56
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