あきらかにもとはなんかの店だったようなつくりの家が、住宅に
なっているのが何軒か。「洋服さんだったんですよ」とかいろいろ。
帰りの道すがら、小学生の頃チェーンキー買いに行った
おぼえのある自転車やさんが、これまた店舗部分が住宅に
リフォームされているのを発見。
その当時、働き盛りだったおっちゃん、廃業したわけですね。
そら35年も前やけん当時40過ぎとしてももう80前かー。
以前母校津田小前の道を歩く機会があって、毎日通ってよく
文房具買った文房具屋さん、もうほとんど商品はなくて、パイプ
椅子とストーブで、おっちゃんおばちゃんがくつろいでました。
そういうのが目に付くということは、世代交代を見届けるくらい
自分がながいこと生きているということで、なつかしくもあり
はかなくもあり、いろいろな思いが交錯します。
商圏とか、行動範囲とか、スピードとか、余りに早くコロコロ
変わりすぎ。な気もする。
「続く」というのはそれだけですごいことですなあ。
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でも セピア色の風景が目に浮かんできますよ。
流れについて行けなくなったらロートルなのか?という強迫観念めいたものさえ感じます。
そんな中で変わらず続けられる、または変わりながら続けられるのは、どちらにしても凄いことですよね。
そんな俺は堪え性が皆目ございませんがorz
新しくなった日赤の回り(うちの近所)に大きな店がたくさんできてるけど,なんか,小さなお店も,商店街も,大きな工場もなくなってきて,寂しさを感じます。
生きているわけよね。
当然ですがそれは一人ひとり違う。