2005年10月15日

「純粋財布」

とはお金の入っていない財布をいう。私は。

「純粋建築」は、どこからどう見るかで違う。

その人の意を汲んで誕生する、ひとつひとつ
違う建築はお施主さんから見た「純粋建築」。

どういう人が依頼してきてもスタイルを変え
ないのは設計者側から見た「純粋建築」か。

「不純なもの」があるという前提で、初めて
存在する「純粋なもの」。

とすると、「真に純粋なもの」というのは・・・?

それは、「あるがまま」ということかな。

しかしそれで許されるのは「自然」だけか。

地球がひとつの生き物とすると、人の意識も
大きく見ればあるがままの純粋なもの?

「ドーナツを見ると、『無いドーナツの穴』
を考え始めてしまう」という友人Yととりとめない
話していて、頭のなかの部品の配置を本来の位置関係に
リセットできたような気持ちになった夕べ。

「お金が入って初めて財布なのにお金の無い財布は
純粋財布で・・・」なんかおもしろいなあとか話していて、

Y曰く、

「わしそういえば財布って持ったこと無いわ」

そういえばてあんた。

頭の中でおきているいろんなことを
「栄養」に生きている人間Y・・・・ええでええで。


posted by uch at 07:20| ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
一時保管する場所として定義される財布は
保管する暇もなく、通り過ぎていく場合は
必要とされんから(笑
そういう実用性の観点から財布もたんけど
実用性から離れたとき、それに純粋という
言葉が似合うなら、人はそもそも不純だし
それを恥じることはない筈。
純粋は概念の中にあり、自然は概念でなく
現にそこに存在しているものだし・・てな
感じで、内野は栄養分豊富(笑
頭の中で生みだしたものを、形にして外に
出す、創造的なことやってるだけのことは
流石にあるな(笑
Posted by Y at 2005年10月15日 14:21
友人Y登場。
めでたい!
ちょくちょくコメントください。
Posted by uch at 2005年10月16日 17:02
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